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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 最果てのサンクチュアリ W


昨晩ちょい遅めに札幌に着き、出迎えてくれた古い友人に誕生日を祝ってもらいました。実は昨日が私の○○回目の誕生日だったんですね。祝ってもらえるとは思ってもみなかったので泣きそうになりました ( ̄▽ ̄)アハ

そして今夜まで2泊その友人宅に泊めてもらい、日中は一緒に札幌散歩へ。私の行きたい所に付き合ってもらうので、ちょっと大変かもしれませんけど☆



藤女子大学


まずは友人宅から近い藤女子大学へ。カトリック系の学校ですが、名前だけではそうとは分かりませんね。

「マリアンナ」とか「カタリナ」とか付いているとそれっぽくて人気が出そうですけど。まあ、人気商売っていうのではないので「藤」でいいのでしょう♪

校舎がきれいで、聖堂(おみどう)に入ってみたいなと思いました。


日本聖公会 北海道教区事務所


地図に教会マークが付いていたので、こちらにも寄ってみました。確かに壁に十字架が付いているけれど・・・、教会っぽくないような ('∀')?

中の人に訊いてみたら、教区事務所であって、教会ではないそうです。でも聖公会の北海道教区ではここが中心ということですよね。


北海道大学病院


北大には来てみたかったんですが、北方面から向かったので、まずは北海道大学病院へ。

私はここに三浦綾子が入院していたと思ってたんですが、後で調べたら札幌医科大学の病院の間違いでした (;^ω^)

でも三浦綾子の婚約者だった人で、三浦綾子がクリスチャンになるきっかけとなった人は北大医学部の人でしたね。結婚する前に亡くなってしまったんですけど。


北大構内


さて北海道大学へ。大学病院とは違い、どこか閑散としています。・・・というか、学校が広い!?

学内は自転車で移動が良さそうです。蓮池とかもあって、カモが噴水で水浴びしてます。のどかですね、のどか過ぎるほどに。

「森林公園」と名付けたいほどの緑率です。短い夏を満喫するには、これくらいでないといけないのかもしれませんね☆


蓮池


人工雪誕生の地

構内

北海道大学総合博物館


北大に来たなら是非寄らなくてはと思うのが総合博物館。私も初めて来たんですけど、「いい!」と北大卒業生から聞いていたものですから♪

わずか数日前にリニューアルオープンしたばかりで、友人も初めて来るのだとか。

建物や主要な部分は残されているので古さと新しさを両方感じられるのがポイント高いですね。


北大総合博物館

博物館内部

北大の歴史

ノーベル賞関係

クラーク博士推しの展示


大雑把に言うと、一階は北大の歴史、二階は各学部の研究内容に関する展示。

なので一階のメインはクラーク博士!

そして札幌バンドと呼ばれるようになる、北大のクリスチャンたち!!

興奮しますよね!(え、私だけ?) 内村鑑三や新渡戸稲造など、キリスト教界のみならず、明治から昭和にかけての日本を担ってきた人物たちの群像を俯瞰できて興味が尽きません。ただキリスト教色は以前の展示より若干薄められたようです。

札幌バンドの青年たちがサインした「イエスを信ずる者の誓約」の複製が以前はあったと聞きましたが、今はない?(私が見落としただけか?)みたいで、詳しい解説もありませんでした(解説板には書かれていたけれど)。北大の発展に貢献をしたと紹介されている、佐藤昌介も大島正健も宮部金吾も皆、札幌バンドだったんですけどね。

札幌バンドの青年たち


札幌農学校(北海道大学の前身)の初代教頭として赴任したウィリアム・スミス・クラークの影響を受けて、クリスチャンになること、そしてクリスチャンにふさわしく生きることを誓って、「イエスを信ずる者の誓約」に署名した青年たちの名前は署名順に書くと以下の通り。

黒岩四方之進、伊藤一隆、山田義容、佐藤昌介、内田瀞、田之内捨六、中島信之、大島正健、渡瀬寅次郎、柳本通義、小野兼基、佐藤勇、安田長秋、出田晴太郎、荒川重秀、小野琢磨(ここまでが農学校一期生)

太田稲造(新渡戸稲造)、佐久間信恭、宮部金吾、足立元太郎、高木玉太郎、廣井勇、内村鑑三、町村金弥、南鷹次郎、藤田九三郎、村岡久米一、諏訪鹿三、岩崎行親、伊藤英太郎、伊藤鏗太郎(以上は二期生)
皆熱かったんだなーと思います (*^^*)



クラーク博士書簡

内村鑑三ら

大島正健について

影響をあたえた人々

佐藤昌介

遠友夜学校について

札幌バンドについて

クラーク博士と学生

マンモスのはく製


二階も見るべきものはたくさんあるんですが、自然科学的なものが多いようです。

マンモスやホッキョクグマのはく製も手の届くような所に(もちろん手を触れてはいけませんが)展示されています。

ちょっと大盤振る舞いし過ぎかなと、個人的には思ってしまいました。見学者に「北大目指してよ!」と、強烈にアピールしてるのを感じました。


展示

ホッキョクグマ

展示

展示

クラーク博士胸像


外に出てクラーク博士の元へ。北大構内にあるのは胸像で、よく見かける全身像は羊ケ丘の方にあるのだとか。

解説板にはクラーク博士は9か月しか日本にいなかったと書かれていますが、博物館には8か月と書かれていたような?

調べてみたら滞在期間は1876(明治9)年7月31日〜1877(明治10)年4月16日ということなので、8か月半ですね。

いずれにせよその短い期間に多大なる影響を残したということです。やっぱり若い人たちに影響を与えるっていうのが、すごいことなんだと思います。未来が変わるということですから☆



クラーク博士

クラーク博士解説

ポプラ並木


札幌駅の近くにあるというのを完全に忘れそうなこの光景。

都会にお住いの皆さん、ここは北海道の牧場ではありません。北大構内です。。

ポプラでかっ!人ちいさっ!

新渡戸稲造像


ポプラ並木の入口にある小公園にあるのが新渡戸稲造像。こちらも胸像ですが、表情が穏やかでいいですね♪

台座には新渡戸稲造のサインが刻まれています。

新渡戸稲造がとても優秀な人だったことは間違いないことですが、それでもクリスチャンになっていなかったらどうだったんでしょうね。

様々な困難に勝ち得ながら、日本と世界のためにこれくらいの働きを残せたんでしょうか。


新渡戸稲造像

ポプラ並木再生

古河講堂

古河講堂解説

北鳴学校跡


では北大の正門から街を眺めてみましょう。この正門前に北鳴学校(札幌農学校に行くための私立の中学校)があり、そこで新渡戸稲造が教えていたということなので。

今は広い道路とビル群ですね。北大出てからの新渡戸稲造は働きまくっていて、元々目が悪かったのに更に悪くしたみたいですね。人を育てるって大変です (*'ω'*)


北大正門

南門

日本聖公会 札幌キリスト教会


正門よりレトロな趣の南門から出ると、日本聖公会の札幌キリスト教会が。

「こんにちはー。旅行者なんですけど、チャペルを見学していってもいいですか?」と受付にいた人に訊くと、「いいですよ。私ここの人じゃないですけど」と言いながら案内してくれました(じゃあ、あなた誰?)。

チャペル内の電気までつけてもらって見ていると、チャプレンが通りかかって話をしてくれました。なんと札幌バンドの一人、伊藤一隆はこちらの聖公会の教会(当時は別の場所にあった)に通っていたんだとか。

すごい、初耳です。札幌バンドの人たちは皆一定の教会に属さずに自発的に信仰を守り、後に自分たちで札幌独立教会を建てたんだと思ってました。いろんな信仰の軌跡があったということですね。ふむふむ。



札幌キリスト教会

チャペル


 北大を後にして (^^)/


札幌駅


北大を後にしてしばらく歩くと札幌駅。ここまで来ると急に都会めいてきて、さっきまでのウッディな雰囲気が一掃されます。あれは夢か幻か、みたいな。

人もすごく多いです。夏は涼しい北海道が日本中の憧れですもんね☆彡


ランチはお寿司で


ランチは友人が知っているお寿司屋さんに。せっかく北海道に来たんだからそれらしいものにしましょうということで。

確かに関東よりちょっと美味しいような? 私の舌はあまりアテになりませんけど、うれしく思うと美味しく感じられるという、いい意味での味覚障害が (#^^#)ホホホ


札幌時計台


お腹いっぱい食べて札幌時計台へ。昔見たことはあるけど、今なら違うことを感じられるかもしれないなと思い。

時計台と呼ばれてますが、札幌農学校の演武場だったんですよね。講堂としても使われていたので、札幌バンドの青年たちも使っていたんじゃないかと思います。

一階展示室


中が資料館になっていると聞き入ってみました。すると思ったよりも充実した内容で、北大総合博物館よりもイケてるんじゃないかと思う部分も。

多少の古さと手作り感を感じないではいられませんが、それも味わいと思えば。。

この時計台、以前は別の場所にあったんですね。やはり札幌農学校生たちにとっては馴染み深いものだったようです (^^♪



内部

時計台模型

札幌農学校生たち

札幌農学校生たち

イエスを信ずる者の誓約


ふと見ると「イエスを信ずる者の誓約」も!

原本は札幌独立教会にあるので複製ですが、実物のように再現されているので本物が目の前にあるようです☆

え、英語で書かれているのでスラスラとは読めませんが・・・。当時この人たちはお互い英語で話していたと、そういえば何かで読んだ気がします。レベルの高い学生たちだったんですね。意識もかったことでしょう。

どうやら文章の部分をクラーク博士が起草し、そこへ賛同する学生たちが署名したもののようです。内容的には冒頭がプロテスタントの教理で、真ん中が旧約聖書の十戒で、結びが「イエスを信ずる者」の名の下に一つの共同体を作って、聖霊の導きによって進んで行こうというふうになっています。なるほど。

ただ一点、「あのー」と思ったのが、この誓約が置かれているスペースですね。その頃提供されていた洋食の食品サンプルみたいなものの横に、ややかぶりながら展示されています。どう考えてもつながりが見えてこないんですが、これアリですかね?

もっとふさわしい置き場所に調整してもらえないかと、どこかに訴えたくなりました。ちゃんと展示してくれてるだけでも有り難いですけど ( ̄▽ ̄)bネッ



展示

食品サンプル

イエスを信ずる者の誓約

解説

演武場


2階に上がってみると仕切りのない広い空間が。元演武場だなと思いましたが、でもそれならこの椅子は?

説明板を読んでみたら、「教会のように見えるこのホールは、明治32年に札幌農学校卒業生の佐藤昌介・南鷹次郎・宮部金吾に初めて博士号授与祝賀会が行われた時の講堂の様子を再現しました」とあるではないですか!その時の写真まで添えてあるし!

博士号授与された三人はいずれも札幌バンドの人たちです☆彡

すごい。記念碑的なセッティングですよ、これは。感動しました。いや、ほんとに。札幌時計台は絶対に中まで見るべきですね (≧▽≦)



祝賀会を再現

説明板

証書の複製

時計


 では教会をめぐってみましょー (*'▽')


日本基督教団札幌教会


では街に繰り出して教会めぐりをば。

こちらは時計台内の展示で知った古い教会堂。

絵本から出てきたような可愛らしい外観のこの教会は、日本基督教団の札幌教会です♪


残念ながら扉は施錠されているけれど、「靴の泥を落としてお入りください」と書いた紙が張られているので、たぶん今も使われているんでしょうね。国登録有形文化財だそうです。



札幌教会

張り紙

日本基督教団

ディテールがステキ

テレビ塔


この辺りは札幌の中心なので、どこからでもテレビ塔が目に入ります。それを目印にすればいいので、街歩きは割としやすいですね。ちょっと人工的に作られた感じもするかな。

あまり高い建物がないから圧迫感もありません。全体的に風がよく通り抜けるような爽やかな印象 (*^^*)


日本基督教団 札幌北光教会


大通公園に向かっていたら、その手前で教会を発見。さっきも日本基督教団だったけれどこちらもそうで、日本基督教団の札幌北光教会だそうです。

教会、多いですね。同じ日本基督教団でもこちらに通ったりあちらに通ったり、信徒の奪い合いにならないんでしょうか? まあ、クリスチャンだし同じ教派だからからならないか。


聖恩碑


大通公園に行くと、ビアガーデンが続いていてエライことに。サッポロビール、アサヒ、キリンと、三つのメーカーが競い合うようにそれぞれの店を路上に展開しています。

あっちもビールこっちもビール、あっちにもこっちにも酔っ払い・・・。ひどいもんです。飲まない者からすればソドムとゴモラに見えます。

私は大通公園の真ん中に建てられた聖恩碑を見たかったので、人混みをかき分け、路上のテーブルをすり抜けて向かってみたんですが、どうやってもいいアングルにならなくて、↑のように裏側しか撮れませんでした。

それで私より少し後に札幌に行った知人に写真をもらいました↓。「聖恩来禮」と刻まれていますが、これは天皇を神だと思っていた時代に、天皇がいらしたことを記念して建てられたもののようです。現代では天皇を神とは言わないので、今風に捉えなおすなら、聖なる神の恩に感謝する碑と言えるかと。



聖恩碑

「聖恩来禮」

解説銘板

有島武郎文学碑


少し西に進むと有島武郎文学碑が。これも見たかったものです。有島武郎は北大博物館の展示にも頻繁に出てきてましたが、まあ北海道では頑張っていた人です。

札幌バンドの人としては数えられませんが、内村鑑三や新渡戸稲造の影響を受けたクリスチャンで、特に遠友夜学校は有島武郎がかなり自分を投資して頑張っていたんですよね。

最終的には挫折したというか、経営難に陥って終わってしまったんですけど。ただ有島武郎は文学者としても成功していったので、挫折して終わりではありませんでした。だけど有島武郎は妻の死後、自分の編集者としてついた女性と不倫関係になり、それを女性の夫に脅迫されてノイローゼ気味になり、クリスチャンなのにその女性と心中してしまいました。

これを内村鑑三は激怒し、新渡戸稲造は落ち込んでますね。二人とも情をかけて親しくしていたからショックだったんだと思います。表現の仕方が違っただけで。私としては、この人のことを思うたびに「なんだかなぁ」と暗澹たる気持ちになるんですね。

それでも気になるので、訪れる街に足跡があれば追っているんですけど。ああ、人のことなのに後悔したくなる。。



有島武郎文学碑

有島武郎文学碑

黒田・ケプロン像

大通公園

日本バプテスト連盟 札幌新生教会


マップに教会マークがあったので来てみたら、こちらにも結構立派な教会が。さっきのからそんなに離れていないのに、「教会大通り」と言ってもいいくらいですね。

こちらは日本バプテスト連盟の教会だそうです☆


札幌市資料館


大通公園の西端にはイングリッシュガーデンといい感じの洋館が。これが札幌市資料館だそうです。今日は見る時間ないのでオミットですが、きっと私の知りたいことが書かれてるんだろうな。

雰囲気がいいので(ここはビアガーデンに占拠されてないし)、ベンチに座って休んだり写真撮ったりしました。ちょっと女子であることを思い出したひと時...( ̄▽ ̄)イツモハナニ?


イングリッシュガーデン

札幌市資料館

公園について

バラ

日本キリスト教会 北一条教会


足も体も疲れてきて、ベンチに座ったら一瞬帰ってしまおうかとも思いましたが、もう少し頑張って教会を回ろうということに。

そうだよね、ここまで来たんだから諦めちゃいけません。

バスに乗って日本キリスト教会の北一条教会へ。歴史があって、三浦綾子も所属していた教会のはずだけど、そんなことどこにも書いてないですね。

ほんとに歴史ある教会はそんなこと自分で宣伝しないのか?いやでも、三浦綾子のファンの人なら訪れたいだろうから、その辺明らかにしてアピールしてみてもいいと思いますけどね。この教会で信徒の世話役のように働いていたのが西村仁蔵。「洋菓子のニシムラ」の創業者で、三浦綾子を受洗に導いた人です。

三浦綾子はこの人のことを小説にしていて、それ読むとここには来なきゃという気持ちになります。近年になって「洋菓子のニシムラ」は倒産してしまい、親族の人が事業を引き継いでるみたいですけど、なかなか仁蔵の足跡を辿れないので、この教会は貴重です。仁蔵の帰天何周年とかの集まりもしていて、そこに三浦夫妻が参加したことも書かれていますけどね。アピールしてはどうでしょう・・・?



北一条教会

北一条教会

歴史ある教会

札幌独立キリスト教会


では本日のラストは札幌独立キリスト教会に飾ってもらうことにしましょうか。

らららーん。ここに来られただけで歌いたい気分です。

教会内に「イエスを信ずる者の誓約」の原本があるはずですけど、見られそうにないですね。教会の扉も閉まっていて、見学したい場合は予め連絡する必要がありそうです。はあぁー、札幌バンドの夢だった教会だと思うとため息が出ます。友人も「ここは来たかった」と言っているので一緒に来られて感謝。いつか「イエスを信ずる者の誓約」も見ることができますように!

《後日談》

訪問する3日前に「イエスを信ずる者の誓約」など札幌独立キリスト教会が所有・保管する文書7点が札幌市の有形文化財(歴史資料)に指定されていました。そのニュースをまだ知らずに「いつか見ことができますように!」と祈ってきましたが、文化財指定を受けて、今後一般に公開される機会ができるかもしれません (^^♪



札幌独立キリスト教会

教会案内

宮部クラーク記念聖堂

札幌独立キリスト教会


 旅程を終えて・・・☆彡


MUSASHIのスープカレー


一日の旅程を終えて、夜は友人の後輩たちとスープカレーの名店に食事に行くことに。「今日はよく歩いたなー。1万歩は歩いたかな」と友人が万歩計を見ると、2万2千歩以上歩いてました (;'∀')エッ

疲労困憊した体にスープカレーが沁みました。「名物にうまいものなし」と言うけれど、地元の人が行く名店は美味しいんですね。

新しく会う人から刺激を受けられてうれしいですし。


「札幌教区100周年の年」


一人の女の子は歴女で、「札幌教区100周年の年」というカトリックの冊子を貸してくれました。よくまとまっていて勉強になります。

こういう出版物は本屋で手に入らないので有り難いですね☆


大叔父の十字架


またもう一人の男性は古い十字架を取り出して見せてくれ、「祖母のお兄さんのものなんです。僕がクリスチャンになったと言ったら、祖母が『じゃああなたが持つのがいいだろう』と言ってくれたんです」と。

クリスチャンだったその大叔父さんは満州に出征して向こうで亡くなって、十字架だけが戻って来たそうです。

だけれど子供も残せずに亡くなった大叔父さんの持っていた信仰と、今の自分の信仰が一致するから本当に不思議で、こんな昔からの祈りをもらいながら、今自分は神様と主を信じられているんだなと思うと涙を流していました。ほんとに不思議な、時を超えたつながりです。

私は今回の旅行で、過去と現在の目に見えないつながりを感じ続けていて、それこそが歴史の本質だと思うに至っていたので、この出会いとエピソードを聞けたことはとても心に残りました。

もしも過去が過去だけで終わるだけなら、今まで生きたあの多くの人々は何だったというんでしょう。夢ですか幻ですか、細胞が死んで終わるように分子の欠片になるだけですか。そこに人間が生きたということがどこかに何かしらの形で刻まれないのなら、どうして私たちは「思い」を抱いて生きるのでしょう。まったく意味のないことならば、ずっと以前に人類はそんな無駄なことをやめただろうに――。



新千歳空港


夜は更けまた朝が来て、新千歳空港へ。いくつかの土産屋でニシムラの製品はありますかと訊いてみましたが、今は置いてないと言っていました。競争が激しいですからね。

「ハスカップいろはす」で渇きを癒しながら、飛行機を待つ間、この数日間を振り返っていましたが、物事を見ながら感じてきたことを、最終的には人の言葉から悟らせてもらうようになりました。

この世界では目に見えるものしか見えないけれど、見えないものだって確かにあるのだと。時には見えるものよりはっきりと存在し、もっと大きな価値がある。もしかしたら・・・、神様は私たちに宿題を出しているのではないのか? この肉的な世の中で、不可視なものを大切にして生きていくという宿題を。私たち一人一人に問うているのではないかと、そんなことをいつまでも頭の中で考えていました (*'ω'*)




いつにもまして


いつにもまして歴史のつながりを感じた今回の旅行。函館から一人足を伸ばして良かったです。天が下さる感動、「こうするのがいいのかな」と感じる心のウェーブに対しては、素直に従うのがいいみたい。

それが自分の思いなのか、天から来る感動なのか見分けるのは、微妙で難しいんですが・・・。たぶんちゃんと見分けて行っていけるようにするには、まず欲を捨てなくてはいけないでしょうね。

さて、こんな頼りない私でも、今回自分をほめてあげてもいいのかなと思うのが、毎日よく祈ったこと。主にすがるしかなかった状況だったのもありますが、それでも。絶えず主に話しかけていたように思います。

そう、これだけは良き習慣にして、できれば体質化して、今日から明日へこれからも続けさせてもらえる人生の土台にしていきたいと思います!




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